エントロピーとは何のこと?意味がわからない方へもわかりやすく使い方を解説
「エントロピー」という言葉を、科学の話題や少し難しい本の中で見かけたことはありませんか。
聞いたことはあるけれど、正直なところ、何のことだかさっぱり分からない、と感じている方も多いかもしれません。
「部屋は放っておくと散らかる」「熱いコーヒーは自然に冷める」…実はこれら、私たちの日常にありふれた現象の裏には、エントロピーという考え方が深く関わっています。
言ってしまえば、エントロピーとは物事の「ごちゃごちゃ度合い」を示す一つのものさしのようなものです。
この考え方を知ると、なぜ世界が今のようになっているのか、少しだけ深く理解できるかもしれません。
この記事では、そんな不思議で面白いエントロピーの正体について、専門的な知識がない方でも理解できるよう、身近な例を交えながら一つひとつ丁寧に解説していきます。
科学の難しい話だと敬遠せずに、世界の「当たり前」の裏側を少し覗いてみませんか。
読み終わる頃には、散らかった部屋を見ても、以前とは違った視点で物事を考えられるようになっているはずです。
超ざっくり解説!エントロピーは「ごちゃごちゃ度」を表すものさし

誰が発見したの?熱力学の父たち
エントロピーという概念は、一人の天才によって突然発見されたわけではありません。
主に19世紀、産業革命の熱気の中で、多くの科学者たちの手によって育まれてきました。
その中でも中心的な役割を果たしたのが、ドイツの物理学者ルドルフ・クラウジウスです。
彼は、蒸気機関などの熱を利用して動く機械の効率を研究する中で、エネルギーがどのように変化し、移動するのかを深く考察しました。
そして、熱の移動には特定の方向性があり、元に戻せない変化が存在することに気づきます。
この「元に戻せなさ」の度合いを数値で表すために、彼が1865年に導入したのが「エントロピー」という言葉でした。
その後、オーストリアの物理学者ルートヴィッヒ・ボルツマンが、エントロピーを「原子や分子の乱雑さ」と結びつけ、統計的な観点からその意味をより明確にしたのです。
このように、エントロピーは熱の働きを解き明かそうとした、熱力学の父たちの探求心から生まれました。
新品のトランプで考えてみよう
エントロピーを理解するために、非常に分かりやすい例えがあります。
それは、新品のトランプです。
買ったばかりのトランプは、通常、数字の順番通り、マークも揃ってきれいに並んでいます。
この状態は、非常に「秩序がある」状態と言えるでしょう。
専門的に言えば、「エントロピーが低い」状態です。
さて、このトランプを箱から出して、何度もシャッフルしたらどうなるでしょうか。
カードはバラバラになり、元の整然とした順番に戻ることは、まずありません。
このバラバラにごちゃごちゃになった状態が、まさに「エントロピーが高い」状態なのです。
重要なのは、きれいに並んだ「秩序ある状態」のパターンはたった一つしかありませんが、バラバラになった「無秩序な状態」のパターンは、天文学的な数にのぼるということです。
特別な意図を持って並べない限り、物事は自然と、確率的に圧倒的に起こりやすい「ごちゃごちゃの状態」になってしまうのです。
この世の全てのものは「ごちゃごちゃ」になりたがる
前述の通り、トランプの例で見たように、物事は自然と秩序だった状態から、無秩序でごちゃごちゃした状態へと向かいます。
これは「エントロピー増大の法則」と呼ばれ、物理学の世界で非常に重要なルールの一つです。
難しく聞こえるかもしれませんが、私たちの身の回りで常に起きている現象に他なりません。
例えば、時間をかけて丁寧に作り上げた砂のお城は、風や波によって自然と崩れてただの砂山に戻っていきます。
また、整理整頓された机の上も、意識して片付けなければ、いつの間にか書類や文房具が散らかってしまうでしょう。
なぜなら、整然とした状態を維持するよりも、乱雑な状態になる方が圧倒的に簡単で、あり得るパターンの数が多いからです。
宇宙全体で見ても、特別なエネルギーが加えられない限り、全ての物事やエネルギーは集中した状態から拡散し、均一で乱雑な方向へと向かう性質を持っているのです。
これが、この世界の基本的なルールのひとつと言えます。
あなたの日常は「エントロピー増大の法則」で満ちている

キッチンでの現象
エントロピー増大の法則は、実はキッチンで毎日見ることができます。
例えば、温かい紅茶に角砂糖を一つ入れてみてください。
最初はカップの底に固まっていた角砂糖は、かき混ぜなくても自然と溶け出し、やがて紅茶全体に均一に広がって甘くなります。
これは、砂糖の分子が「一箇所に固まっている」という秩序だった状態(低エントロピー)から、紅茶の中を自由に動き回る「バラバラな」状態(高エントロピー)へと変化した結果です。
一度溶けてしまった砂糖が、自然の力で再び集まって角砂糖の形に戻ることはありません。
同じように、ブラックコーヒーにミルクを注ぐと、きれいなマーブル模様を描きながら混ざり合い、最終的には均一なカフェオレ色になります。
これもミルクの粒子がコーヒー全体に拡散していくエントロピーが増大する現象です。
このように、キッチンでの何気ない光景も、実は宇宙の普遍的な法則の一例なのです。
住環境での現象
多くの人が日々実感しているであろう「部屋が自然と散らかる」という現象も、エントロピー増大の法則で説明できます。
休日などに時間をかけて部屋を掃除し、本を本棚に、服をクローゼットにと、全ての物をあるべき場所に戻したとします。
この片付いた直後の状態は、非常に秩序があり、エントロピーが低い状態です。
しかし、日々の生活を送る中で、脱いだ服が椅子にかけられたり、読んだ雑誌がテーブルに置かれたりして、少しずつ乱れていきます。
これは、私たちが意識的にエネルギーを使って「片付ける」という行為をしない限り、物の配置が確率的に最も可能性の高い「無秩序な状態」へと向かうためです。
また、建物自体も時間が経つにつれて、塗装が剥げたり、設備が古くなったりと、徐々に劣化していきます。
これも、整然と構築された状態から、より乱雑な状態へと向かうエントロピーの増大と捉えることができるでしょう。
住環境を快適に保つことは、この自然な流れに抗うための継続的な努力と言えます。
人間関係や社会にも潜むエントロピー
エントロピーの考え方は、物理的な現象だけでなく、人間関係や社会といった、より複雑なシステムにも当てはめて考えることができます。
もちろん、これは比喩的な使い方ですが、物事の本質を捉える上で非常に役立つ視点です。
例えば、結成されたばかりのプロジェクトチームを考えてみましょう。
最初は目的も明確で、メンバー間の意思疎通もスムーズな「秩序だった状態」(低エントロピー)かもしれません。
しかし、時間が経つにつれて、何も対策をしなければ情報伝達に齟齬が生じたり、メンバー間の意見が食い違ったりと、徐々に混乱が生じてきます。
これは組織というシステムにおいて「エントロピーが増大」していると見なせます。
これを防ぐためには、定期的なミーティングを開いたり、明確なルールを設けたりといった、秩序を維持するための「エネルギー」の投入が必要です。
国家や社会といった巨大なシステムも、法律や制度、教育といった仕組みによって、無秩序化を防ぎ、安定を保っていると考えることができるのです。
逆行は可能?秩序を生み出す「ネゲントロピー」

生命の奇跡:私たちはエントロピーに抗う存在
この世の全てのものはごちゃごちゃになる方向へ向かう、というエントロピー増大の法則を聞くと、一つの疑問が浮かぶかもしれません。
それは、私たち生命の存在です。
単なる原子や分子の集まりから、これほどまでに精巧で秩序だった人間や動植物が生まれるのは、法則に逆らっているように見えます。
物理学者のエルヴィン・シュレーディンガーは、この問いに対して「生命は負のエントロピーを食べて生きている」と表現しました。
これはどういうことかというと、生物は外部からエネルギーと秩序ある物質(例えば、植物や他の動物)を取り込み、それを分解してエネルギーを得ます。
そして、そのエネルギーを使って、自分自身の体という非常に秩序だったシステムを維持し、成長させているのです。
ただし、この過程で熱や不要な物質を外部に排出しており、生命体自身とそれを取り巻く環境全体で見ると、トータルのエントロピーはやはり増大しています。
つまり、生命は局所的に秩序を作り出すことで、大きなエントロピー増大の流れに抗い続けている、奇跡のような存在なのです。
あなたの「勉強」や「整理整頓」も秩序創造活動
エントロピーに抗い、秩序を生み出す活動は、生命維持のような壮大な話だけではありません。
私たちの日常生活の中に、その例をたくさん見つけることができます。
最も分かりやすいのが「整理整頓」です。
散らかった部屋(高エントロピー)に対して、物をあるべき場所に戻し、きれいに並べるというエネルギーを投入することで、整然とした状態(低エントロピー)を創り出しています。
また、「勉強」という行為も、エントロピーの観点から見ることができます。
最初はバラバラで無関係に見えた知識や情報が、学習を通じて頭の中で関連付けられ、体系的な知識として整理されていく過程。
これは、脳内に知識の「秩序」を築き上げる、まさに知的な秩序創造活動と言えるでしょう。
何かを覚えたり、スキルを習得したりするには努力が必要なのは、この無秩序になろうとする自然な傾向に逆らって、エネルギーを使っているからだと考えると、納得がいくかもしれません。
これらの活動は、放っておけばまた元の乱雑な状態に戻ってしまうため、継続的な努力が求められるのです。
少しステップアップ!エントロピーの多様な顔

① 物理学の顔:熱の「均一化」を目指す力
エントロピーの原点に立ち返ると、その顔は「熱」と深く結びついています。
物理学、特に熱力学において、エントロピーは熱エネルギーの移動の仕方を説明する上で欠かせない概念です。
結論から言うと、エントロピー増大の法則は「熱は、温度の高いところから低いところへと自然に流れる」という誰もが知る現象の背後にある原理なのです。
例えば、熱いコーヒーカップを部屋に置いておくと、カップの熱は周囲の空気へと移動し、やがてコーヒーと部屋の温度は同じになります。
これは、熱エネルギーがコーヒーカップという狭い領域に「集中している」状態(低エントロピー)から、部屋全体へと「拡散・分散」した状態(高エントロピー)へと変化したことを意味します。
逆に、周りの空気の熱が自然に集まってきて、冷めたコーヒーを再び熱くするということは起こりません。
このように、エネルギーが偏った状態から、全体に均一に行き渡った状態になること。
これが、物理学におけるエントロピー増大の一つの本質的な姿です。
② 情報理論の顔:「不確かさ」の度合い
エントロピーという言葉は、物理学の世界を飛び出して、情報の世界でも重要な役割を果たしています。
20世紀の天才数学者クロード・シャノンは、この概念を応用して「情報エントロピー」を提唱しました。
これは、物理的な乱雑さではなく、「情報の不確かさ」や「予測のできなさ」の度合いを示すものです。
例えば、「今日の天気は100%晴れです」という情報があったとします。
この情報には曖昧さがなく、結果が完全に分かっているので、情報エントロピーは「低い(ゼロ)」となります。
一方で、「コインを投げて裏が出るか表が出るか」という事象は、結果を予測するのが難しく、不確かさが大きいです。
このような場合に、情報エントロピーは「高い」と表現されます。
つまり、受け取るまで結果が分からない情報ほど、エントロピーが高く、価値のある情報だと言えるのです。
この考え方は、私たちのスマホで使われているデータ圧縮技術や、確実な通信を行うための基礎となっており、現代の情報化社会を根底から支えています。
〈コラム〉なぜ時間は過去に戻れない?エントロピーと「時間の矢」
「なぜ私たちは未来へしか進めず、過去に戻ることはできないのだろうか」。
これは、古くから人々を悩ませてきた根源的な問いの一つです。
この時間の不可逆性、つまり一方通行の流れを説明する有力な手がかりとして、エントロピー増大の法則が挙げられます。
私たちの宇宙は、全体としてエントロピーが増大し続ける、という絶対的なルールに支配されています。
床に落ちて割れたガラスのコップが、自然に元の形に戻ることがないように、一度無秩序になったものがひとりでに秩序だった状態に戻ることはありません。
物理学者たちは、このエントロピーが増え続ける方向を「時間の矢(Time’s Arrow)」と呼ぶことがあります。
つまり、時間が過去から未来へと流れているように感じられるのは、宇宙全体のエントロピーが低い状態(過去)から高い状態(未来)へと変化していく、大きな流れの中に私たちがいるからだ、という考え方です。
もちろん、これが時間の正体の全てを説明するわけではありませんが、エントロピーが時間という最大の謎を解く鍵を握っているかもしれない、と考えると非常に興味深い話です。
どう使う?エントロピーという考え方と最先端技術

思考のOSをアップデートする「エントロピー思考法」
エントロピーは、科学の理論として知るだけでなく、私たちの考え方や物事への取り組み方をアップデートするための強力なツールにもなります。
これを「エントロピー思考法」と呼ぶことができるでしょう。
その基本は、「全ての物事は、何もしなければ、自然と乱雑で、問題が多い方向へ向かう」という事実を前提に置くことです。
この視点を持つと、なぜ計画的な行動が必要なのかが根本から理解できます。
例えば、仕事のプロジェクトで問題が発生したとき、「なぜこうなったんだ」と嘆くのではなく、「秩序を維持するエネルギーが不足していたからだ」と捉えることができます。
そうすれば、次はコミュニケーションを密にする、進捗管理を徹底するなど、具体的な対策に繋がりやすくなります。
また、健康維持や学習、人間関係においても、「良い状態を保つには、意識的なエネルギーの投入が不可欠である」と考えることで、日々の努力を前向きに捉えることができるようになるかもしれません。
いわば、自然の流れに逆らうための賢い航海術のようなものなのです。
社会を支えるエントロピーの活用技術
エントロピーという概念は、単なる思考法にとどまらず、私たちの社会を支える様々な最先端技術に応用されています。
特に、情報理論におけるエントロピーは現代社会に不可欠です。
あなたがスマホで撮影した写真をメールで送るとき、データが自動的に圧縮されてファイルサイズが小さくなるのは、情報エントロピーの考え方に基づいています。
情報の「不確かさ」が低い部分(例えば、同じ色が続く背景など)を見つけ出し、効率的に表現し直すことで、データ量を削減しているのです。
また、人工知能(AI)の分野、特に機械学習における「決定木」というアルゴリズムでは、どの質問をすれば最も効率的に情報を分類できるかを判断するために、エントロピーが指標として使われています。
より不確かさを減らせる質問を優先することで、AIは賢い判断を下せるようになるのです。
もちろん、熱力学の分野でも、発電所やエンジンの熱効率を最大化するために、エントロピーの計算が日々行われています。
このように、目には見えませんが、エントロピーは社会の根幹を支える重要な技術なのです。
今日から実践!エントロピーを意識して世界を見てみよう

エントロピーの基本的な意味を知ると、いつもの日常風景が少し違って見えてくるかもしれません。
今日から、ぜひ身の回りの「エントロピー」を探してみてください。
例えば、淹れたての熱いお茶がだんだん冷めていく様子は、熱エネルギーが拡散していくエントロピーの増大です。
苦労して覚えたはずの外国語の単語を、時間が経つと忘れてしまうのも、脳内の知識の秩序が失われていく過程と見ることができます。
インターネットのニュースサイトやSNSのタイムラインが、次から次へと新しい情報で溢れかえり、古い情報が埋もれていくのも、情報エントロピーが増大していく様子に似ています。
逆に、植物が太陽の光を浴びて成長する姿や、仲間と協力して一つの目標を達成する活動は、局所的にエントロピーの増大に抗い、秩序を生み出す美しい営みです。
このようにエントロピーというフィルターを通して世界を眺めると、当たり前だと思っていた現象の背後にある、壮大な宇宙の法則を感じることができるでしょう。
それは、日々の生活をより深く、面白く味わうための新しい視点を与えてくれるはずです。
まとめ:エントロピーを知ると、世界の「当たり前」が面白くなる
今回は、少しとっつきにくい「エントロピー」という概念について、できるだけ分かりやすく解説してきました。
結論を繰り返しますが、エントロピーとは、物事の「ごちゃごちゃ度合い」や「不確かさ」を示すものさしです。
そして、この宇宙では、特別なエネルギーを加えない限り、物事は常にエントロピーが増大する方向、つまり、よりごちゃごちゃした状態へと向かうという大きな法則があります。
部屋が散らかるという身近な悩みから、熱いものが冷めるという物理現象、さらには「なぜ時間は過去に戻れないのか」という哲学的な問いまで、このエントロピーという一つの考え方で繋がっているのは、非常に興味深いことです。
また、生命や私たち人間の営みが、この大きな流れに抗って、いかに懸命に「秩序」を創り出し、維持しようとしているのかも理解できたかと思います。
エントロピーの知識が、明日からの生活ですぐに何かの役に立つ、というものではないかもしれません。
しかし、物事の本質を捉えるための新しい「OS」として、あなたの思考をより深く、豊かにしてくれるはずです。
世界の「当たり前」の裏側にある法則に思いを馳せると、日常が少しだけ面白く感じられるのではないでしょうか。